1. 24年ぶりのヴェネツィア、8年ぶりの新作
2026年9月6日、イタリアのリド島で、イ・チャンドン監督の7作目の長編『可能な愛』が初公開されました。第83回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門での上映で、照明がついたあとも拍手が6〜7分間続きました。韓国メディアは、主演俳優たちが涙をぬぐいながら互いを抱き合ったと伝えています。
この上映が特別なのは、二つの時間が重なっているからです。一つは8年です。イ・チャンドンの前作は2018年の『バーニング』でした。もう一つは24年です。彼がヴェネツィアのコンペティション部門に招かれたのは、2002年に『オアシス』で監督賞(銀獅子賞)を受けて以来、初めてのことです。一人の監督が同じ映画祭の同じ部門に戻ってくるまでに、24年かかったことになります。
2. 小説家が40歳を過ぎて監督になるまで
イ・チャンドンは1954年4月1日、慶尚北道大邱に生まれました。慶北大学校師範大学国語教育科を卒業し、信一高等学校で国語教師として働きました。1983年、東亜日報の新春文芸に中編小説『戦利』が当選して小説家としてデビューし、その後いくつもの小説を発表しました。
映画界に入ったのは1993年です。映画『あの島へ行きたい』の脚本を書き、助監督を務めたのがきっかけでした。そして1997年、40歳を過ぎてから『グリーンフィッシュ』で監督デビューします。小説家としてデビューしてから14年、映画界に足を踏み入れてから4年後のことでした。
その間には公職も経験しています。ノ・ムヒョン政権で第40代文化観光部長官を務め、2003年2月27日から2004年6月30日まで在任しました。長官職を終えたあとは再び現場に戻り、『シークレット・サンシャイン』と『ポエトリー』を作りました。
3. 7本が描いてきた軌跡
『グリーンフィッシュ』(1997年) — 兵役を終えたマクトン(ハン・ソッキュ)が新都市・一山(イルサン)に帰ってきますが、家族は散り散りになっており、彼が身を置くことになるのは暴力組織の世界です。開発に飲み込まれた故郷と、そのなかで居場所を失った若者の物語です。イーストフィルムの創立作品でもあります。
『ペパーミント・キャンディー』(2000年) — 線路の上で「俺、もう一度帰りたい」と叫ぶキム・ヨンホ(ソル・ギョング)から始まり、彼の20年をさかのぼっていきます。光州と拷問室を通り過ぎ、20歳の遠足へと戻っていく構成が、韓国現代史の傷を一人の顔に刻み込みます。
『オアシス』(2002年) — 出所したチョンドゥ(ソル・ギョング)と、重度の脳性麻痺の障害があるコンジュ(ムン・ソリ)が、世間の視線の外側で出会います。ヴェネツィア国際映画祭の監督賞を受け、ムン・ソリは新人俳優賞を受けました。
『シークレット・サンシャイン』(2007年) — 夫を失い、息子とともに密陽(ミリャン)に移り住んだシネ(チョン・ドヨン)が、その息子まで失ったあと、宗教が差し出す「赦し」という言葉と正面からぶつかります。チョン・ドヨンにカンヌ国際映画祭の女優賞をもたらした作品です。
『ポエトリー』(2010年) — 記憶を失っていくミジャ(ユン・ジョンヒ)が詩を書くことを学ぶあいだに、孫が犯したことを知ります。美しさを探すことと罪に向き合うことが、一人の人間のなかで重なります。カンヌ国際映画祭の脚本賞を受けました。
『バーニング』(2018年) — ジョンス(ユ・アイン)、ヘミ(チョン・ジョンソ)、ベン(スティーヴン・ユァン)の3人が出会い、何かが消えてしまいます。村上春樹の短編から出発しながらも、説明されないものに満ちた映画で、脚本はオ・ジョンミと共同で書きました。
『可能な愛』(2026年) — そして8年ぶりの新作です。『バーニング』のオ・ジョンミと再び共同で脚本を書き、製作会社も『バーニング』を手がけたパインハウスフィルムです。
4. 『可能な愛』:カメラを持つ側と撮られる側
映画には二組の夫婦が登場します。解雇された労働者ホソク(ソル・ギョング)とその妻ミオク(チョン・ドヨン)、そしてドキュメンタリー監督イェジ(チョ・ヨジョン)とその夫サンウ(チョ・インソン)です。イェジが解雇された労働者を題材にしたドキュメンタリーを撮ろうとすることで、二組の夫婦の人生が絡み合っていきます。
イ・チャンドン監督はヴェネツィアの記者会見で、この映画は「この時代のすべての労働者の根本的な問いとつながっている」と述べ、「こうした時代に私たちはどう生き、どう生き残るのか、どのように自我とアイデンティティを見つけていくのか、その問いを映画に込めて、観客とともに考えてみたかった」と語りました。
海外の批評家が繰り返し指摘したのは、搾取の形が変わったという点です。労働力を奪われる代わりに、不幸がコンテンツとして消費されるというのです。AwardsWatchはこの映画が「誰もが人生をコンテンツにする時代に、カメラの反対側から他人の苦痛を見つめる特権」を正面から扱っていると評しました。
この映画はクシシュトフ・キェシロフスキの『デカローグ』第10話に献呈されています。ただしIndieWireは、リメイクではないことをはっきりと記しています。独立して構想されたのち、『デカローグ』に献呈するオムニバス企画に加わった作品だということです。
5. ヴェネツィアでの批評の反応:ロッテントマト100%、メタクリティック93点
公開直後に集計された数値は次のとおりです。
| 集計サイト | 点数 | サンプル |
|---|---|---|
| ロッテントマト(支持率) | 100% | レビュー19件、平均8.7/10 |
| メタクリティック(メタスコア) | 93 / 100 | 批評14件、「universal acclaim」 |
媒体ごとの評価は次のように分かれます。引用はすべて原文を写したもので、以下の日本語は訳者による訳です。
The Guardian ★★★★☆ 4/5
「a finely judged, beautifully acted and rather novelistic work」
緻密に判断され、美しく演じられ、小説に近い作品 ・ ピーター・ブラッドショー
IndieWire Grade A
チョン・ドヨンが「another once-a-century performance」
イ・チャンドンとの初協働(『シークレット・サンシャイン』)から20年も経たないうちに、再び100年に一度の演技を見せる
AwardsWatch Grade A
「searing treatise on exploiting human connection」
人と人とのつながりを搾取することについての痛烈な論考
Variety 絶賛
「beautifully mature, quietly colossal relationship drama」
美しく成熟し、静かに巨大な関係のドラマ
The Hollywood Reporter 絶賛
「impeccably crafted」
非の打ちどころなく作られている
Deadline 好評
「The cast of top South Korean actors here is well chosen, each of the four main stars given plenty to work with」
主演4人すべてに十分な見せ場が与えられている ・ ピート・ハモンド
Radio Times 好評
「rich and utterly absorbing」
豊かで、完全に引き込まれる
Screen Daily 絶賛
階級・欲望・搾取を掘り下げた強烈な復帰作
ヴェネツィア・コンペ部門復帰作のレビュー
映画祭期間中に出た反応をまとめ、Deadlineはこの映画が「リドで批評家たちを席巻しており、これまでのところ映画祭で最も満場一致に近い称賛を受けている作品」だと伝えました。これは審査結果ではなく、映画祭の序盤における報道の反応についての、同媒体の記者による観察です。
※ 上のカードのThe Guardian、Variety、The Hollywood Reporter、Radio Times、Deadlineの引用文は、Deadlineがまとめた批評総まとめ記事(出典5)から写したもので、IndieWireとAwardsWatchの引用文は各媒体の元レビュー(出典4・9)で直接確認しました。
6. チョン・ドヨンとイ・チャンドン、『シークレット・サンシャイン』から19年
今回の映画には、目を引く再会があります。チョン・ドヨンとイ・チャンドン監督は、2007年の『シークレット・サンシャイン』以来、19年ぶりに顔を合わせました。『シークレット・サンシャイン』はチョン・ドヨンにカンヌ国際映画祭の女優賞をもたらした作品で、IndieWireの評はその事実に直接触れています。「『シークレット・サンシャイン』の俳優チョン・ドヨンが、イ・チャンドンとの初協働から20年も経たないうちに、もう一度100年に一度の演技を見せる」というのです。
ソル・ギョングにとっては3本目のイ・チャンドン作品です。『ペパーミント・キャンディー』(2000年)のキム・ヨンホ、『オアシス』(2002年)のチョンドゥに続き、今回は解雇された労働者ホソクを演じました。一方、チョ・インソンはイ・チャンドン作品への出演が初めてです。IndieWireは彼を「Lee newcomer」と表現しました。
7. いつ、どこで見られるのか
| 区分 | 日付 |
|---|---|
| ヴェネツィア国際映画祭ワールドプレミア | 2026年9月6日 |
| 韓国公開 | 2026年9月23日 |
| 米国一部劇場での公開 | 2026年10月23日 |
| ネットフリックスで全世界配信 | 2026年11月6日 |
上映時間は164分です。配給はネットフリックスで、この映画は第99回アカデミー賞国際長編映画部門の韓国出品作に選ばれました。イ・チャンドン監督としては『オアシス』(2002年)、『シークレット・サンシャイン』(2007年)、『バーニング』(2018年)に続く4度目の出品です。
ヴェネツィアでは金獅子賞のコンペティション部門に名を連ねており(本稿執筆時点である9月10日現在、授賞式前です)、トロント国際映画祭の公式招待作品でもあります。
8. まとめ
第一に、イ・チャンドンの映画はいつも一人の顔から始まり、社会へと広がっていきます。『ペパーミント・キャンディー』のキム・ヨンホがそうであり、『シークレット・サンシャイン』のシネがそうでした。『可能な愛』では、その顔が解雇された労働者夫婦のものです。
第二に、今回の映画が新たに投げかける問いは、カメラを持つ側へと向かいます。他人の苦痛を記録することは、いつ連帯であり、いつ搾取なのか。海外の批評が共通して指摘したのは、まさにこの点です。
第三に、数字はすでに出ていますが、映画はまだ届いていません。ロッテントマトの100%とメタクリティックの93点は、レビュー19件と批評14件という早い段階のサンプルから出た値です。9月23日の韓国公開のあと、この数値がどう動くのかを一緒に見ていくほうが正確です。
画像の出典
- イ・チャンドン監督(2018年カンヌ)— 写真 Georges Biard、ウィキメディア・コモンズ、CC BY-SA 4.0。本記事の当該画像は、サイズと形式を変換したうえで同一条件(CC BY-SA 4.0)で提供されます。
- ソル・ギョング(2026年)— 写真 大韓民国文化体育観光部、ウィキメディア・コモンズ、CC BY-SA 4.0。サイズと形式を変換したうえで同一条件で提供されます。
- チョン・ドヨン(2026年の製作報告会)— 写真 大韓民国文化体育観光部、ウィキメディア・コモンズ、CC BY-SA 4.0。形式を変換したうえで同一条件で提供されます。